2025年12月26日 NEW
お知らせ
米作り、二千年にわたる大地の記憶~菊池川流域「今昔『水稲』物語」~
菊池川流域の条里跡、区画割
TAMANA YAMAGA8 世紀ごろに1 辺約109 m 四方1ha(10,000 ㎡)に田が区画された。現 在もその区画が残り、米作りが…
菊池川流域の灌漑施設
TAMANA YAMAGA KIKUCHI NAGOMI新たな水田に水をひくため、用水路やため池を造った。用水路は井手(いで)と呼ばれ、「原井手(はる…
冨田式暗渠排水技術
KIKUCHI明治時代、菊池市出身の冨田甚平(とみたじんぺい)が開発した湿田を乾田 化する効率的な排水法。現在…
山鹿湯町 豊前街道沿いの歴史的町並み
YAMAGA街道と菊池川の船着場が交差した山鹿湯町は、江戸時代以降物流の拠点としても繁栄した。今も土蔵造り…
八千代座
YAMAGA明治43年、米問屋などの旦那衆によって建てられた芝居小屋。 現在も歌舞伎公演のほか、市民コンサ…
菊池川流域の雨乞い習俗 (踊り、太鼓、仏像洗い)
TAMANA YAMAGA KIKUCHI NAGOMI降雨を願った神事や風習。山鹿市の宗方万行(むなかたまんぎょう)・小坂(おさか)雨乞い踊り・川北の雨…
菊池川流域には山間から平地、海辺に至るまで、先人たちが知恵を絞り、川の恵みを活かしながら米作りを営んできた足跡が今なお姿を留めており、その全てをコンパクトな範囲で見ることができます。このことから、菊池川流域地域は全国各地で行われている米作り文化の縮図であるとして、“米作り、二千年にわたる大地の記憶 ~菊池川流域「今昔『水稲』物語」~”というテーマで文化庁から日本遺産に認定されています。
再生時間 3:44