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菊池川流域日本遺産 米作り、二千年にわたる大地の記憶~菊池川流域「今昔『水稲』物語」~

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菊池川流域日本遺産 構成文化財

新渡頭(しんとと;通称 俵ころがし)

関連遺跡の名称 高瀬船着場跡(たかせふなつきばあと)
所在地 玉名市永徳寺414番地15地先
時代 安土桃山時代(16世紀後半)ごろか
説明 高瀬船着場跡は菊池川下流右岸に創設された河港です。周辺は、中世には高瀬津と呼ばれ、伊倉の丹倍津(ねべつ)とともに有明海沿岸の河港として唐船も出入りしていました。海外渡航や貿易などで早くから重視され、南北朝時代にはすでに港としての体裁を整えると、室町時代の頃には本格的な港にまで成長し、中世以降の肥後北部の重要な港として栄えました。
 安土桃山時代、加藤清正の入国後、この地にあった寺院「永徳寺」を移転させ、その跡地に菊池川流域でとれた米の集積地として米蔵を設置し、その隣に船着場を整備したと伝わります。加藤家の改易後、船着場は細川家が受け継ぎ、堤防下の川岸に堅固な石畳と石垣を築き、米蔵へ通ずる石段と、米蔵より川へ通ずる石敷の坂道(通称:俵ころがし)と川へ突出する石畳を設けました。
 菊池川流域から集められた米俵は、一旦、御蔵(おくら)へ運び込まれ、品質などの厳しい検査が行われ、再び平田舟(ひらたぶね)に積み込まれます。その後は、河口にある晒(さらし)船着場で中型船(上荷船〔うわにぶね〕)に載せ替えられ、さらに有明海沖に停泊中の大型船へと積み込まれ、大坂堂島の蔵屋敷へ納められました。
関連HP等URL 玉名市公式HP:熊本藩高瀬米蔵跡
たまなメタバース(STARTボタンをクリックして高瀬船着場を選択)
アクセス 玉名駅から車で6分
駐車場 あり(菊池川河川敷駐車場をご利用ください)
見学 見学可
問合せ先 玉名市教育委員会文化課 電話番号:0968-75-1136 メールアドレス:bunka@city.tamana.lg.jp
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