米作り、二千年にわたる大地の記憶~菊池川流域「今昔『水稲』物語」~
| 関連遺跡の名称 | |
|---|---|
| 所在地 | 玉名市伊倉北方3178番地 |
| 時代 | 戦国時代(16世紀後半)ごろ |
| 説明 |
吉利支丹墓碑は、金峰山系から北西に伸びる山裾の一つで振倉謝公墳のある本堂山から一つ南の丘陵上の墓地の中に安置されています。墓石は、安山岩で造られ、形状はかまぼこ形をしており、正面には十字が刻んであります。この墓は16世紀中ごろのものと推定されますが詳細はわかっていません。被葬者に関しても資料が残っていないため不明ですが、永禄9年(1566)にポルトガルの宣教師であるアルメイダが玉名の高瀬においてキリスト教を布教したとあり、この当時に布教活動を行っていた宣教師の墓である可能性が考えられます。 江戸時代初期には伊倉にも多くのキリスト教信者がおり、長崎吉利支丹奉行、肥後藩奉行、郡奉行等から捜索を受ける大事件もありました。このような時代背景から、当時の信者は、隠れキリシタンとして密かに信仰を続けていたといわれています。この吉利支丹墓碑は、明治年間に土の中から掘り出されたといわれており、密かに信仰を続けていた状況と何か関係があるのかもしれません。 |
| 関連HP等URL | 玉名市公式HP:吉利支丹墓碑 |
| アクセス | JR玉名駅から車で10分 |
| 駐車場 | なし |
| 見学 | 見学可 |
| 問合せ先 | 玉名市教育委員会文化課 電話番号:0968-75-1136 メールアドレス:bunka@city.tamana.lg.jp |